?一路「南Y島」へ航海です
今回、訪港2日目に体調をくずして、終日ホテルで自重、体力の回
復に努め、三日目勇躍「南Y島」へ向かうべく、中環「セントラルフ
ェリーターミナル」4号埠頭にタクシーを奢りました。
当日は、ウイークデイだったこともあり索罟湾行きは就航が間遠
でした。丁度居合わせた「榕樹湾」(ガジュマルの意味とのこと)
行きで一旦南Y島に上陸、景観を愛でながら小半時歩き索罟湾へたど
りつけば、この旅に一層の膨らみが、と今となれば思いついたので
したが、「釣りマニア」の僕は、当日はただただ一心にメバル
(?)釣りに耽るお年寄りに見入っていただけでした。
ほどなく「索罟湾」行きの双胴船上の人となり、一路「南Y島」へ
出航です。当日晴天、無風に近い天候であったにもかかわらず、出
航時に船が激しく揺れたのは、ビクトリア湾が相次ぐ埋め立てで狭
くなり、岸から打ち返される波座(なぐらー波のうねり)のピッチ
が短く、不規則になったせいでもありましょう。
湾外に出るとたちまち、果ては南シナ海に連なる「東博寮海峡」
の穏やかな航海となりました。珠江上流で降雨でもあったのでしょ
うか、当初海水に茶褐色の濁りが見えました。
その短い航海の途次、東シナ海にはじき出された岩塊の上に営ま
れる香港が、西端では思いのほか自然が残っていて、「地果て」山
そのものがそのまま海に没していたり、香港島が南北に狭小で、ゆ
えにビクトリアピークなどの山並みが思いのほか急峻にみえ、香港
島の山容水態の秀麗さはそれは格別でした。
乗り合わせた高校生(キャンプをするとのことでした)の一群と
戯れているうちに、ほどなく索罟湾の海上に、なにやら巨大な無慮
数十の三角旗が翩翻としていて、おもわず「水村山郭酒旗の風」と
いう杜牧の詩を思い出したものです。
それが筏の上に開設された「南Y島漁民文化村」そのものでした。
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